大坂なおみ全米優勝ブーイングに対する対応から見る「今、日本人女性に足りないもの」

2018年9月11日日記

窓際の席で授業を受ける女子高生

今まで日本人女子が誰も成し遂げられなかった4大大会優勝という歴史的快挙。それは絶対に簡単なことではないはずなのに、簡単に優勝してしまったと感じさせるほど安心のある強さを見せた大坂なおみ選手。2018年USオープンは、これからもトップに君臨し続けるスーパースターが誕生した瞬間と言われるのかもしれない。

そんな大坂なおみ選手の勝利が今、世界中を騒がせている。日本では「国籍」の問題も取り上げられているが、今回はそちらではなく「勝利後のブーイングが称賛に変わった瞬間」について。

ブーイングから歓声に 異例の「謝罪」表彰式 大坂なおみ20歳の振る舞いに世界感動|産経ニュース

大阪選手の優勝が決まり、インタビューが始まっても会場からはブーイングが鳴りやまなかった。それが一転、終わってみれば世界中のメディアが大坂選手を擁護し、全米オープンのファンや大坂選手の優勝に否定的な意見をした人物を批判している。その理由は大坂選手の人柄もあるだろうけど、なによりそこには大坂選手が持つ優れた人間力がある気がする。

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自分に対する評価を正確に認識する社会人としての能力

大坂選手がテニス以外にもう一つ持っている優れた能力の一つに、「自分に対する他人からの評価を正確に認識する能力」があると思う。

USオープンの舞台はアメリカ、試合を観ていた多くの人がセリーナの優勝を願っていた。そんな中、日本国籍でまだ20歳、優勝経験も少ない大坂選手が優勝したとなれば、それを快く思わないファンが大勢いたことだろう。

4大大会という世界最高峰の大会で優勝したのだから、ちょっとくらい調子に乗っても許されるはず。だけど彼女は、まず「みんながセリーナを応援していたことは知っています」という観衆の気持ちを代弁し、セリーナにも敬意を示した。ここでセリーナからの言葉もあってブーイングは止まり、観客の大坂選手に対する気持ちは口笛や拍手といった称賛へと変わっていったように思う。

もちろん大坂選手はこれを計算していたのではなく、周りの人の想いを汲み取ることができ、セリーナを本当に尊敬していた彼女だからこそ自然と出てきた正直な気持ちだったのだろう。ただ、このスピーチを聞いて世界中の人が彼女の味方になり、彼女のことを好きになったに違いない。

こうして大坂選手は、世界を味方につけ最高の形でトッププレーヤーの仲間入りを果たした。

言葉一つで簡単に人の評価は変わる

もし大坂選手があの優勝インタビューで「優勝したんだからブーイングしてないでもっと認めてよ、それが当然でしょ!」という態度を取っていたらどうだろう?正々堂々とプレーして実力で勝利し、4大大会の一つで優勝したなら素直に称賛されるべきだ。ブーイングされなければならない理由は一つもない。

だけど僕がここで言いたいのは、必ずしも周りが正しく自分を評価してくれるとは限らず、また「自分は間違っていない」と主張することが正しいとは限らないということだ。

自分と他人の認識のズレ

社会には自分を過大評価して偉そうにしている人がたくさんいる。例えその人たちが素晴らしい功績を残していたとしてもそれが全てそのまま評価されるわけではないため、「自分を過大評価している偉そうな人」という評価が生まれる。

「自分はすごいことをしているのに他人から評価されない」と感じている人は注意が必要だ。そこには自分と他人の認識のズレがある。そして残念なことに、より重要なのは「自分自身の評価」ではなく「他人が自分をどう評価しているか」だ。

今回の大坂選手のスピーチのように「自身を客観的に見て相手の立場に立った意見」は受け入れられる。へりくだり過ぎるのはよくないけど、適度に謙虚な姿勢は多くの人に好まれるだろう。この「客観的に自分を見る」ということができない人は、自身の評価がどんどん他人とズレていく。その結果「偉そう」「調子に乗ってる」というマイナスな評価へと繋がっていく。

男女平等を曲解して「女は男よりも偉い」とでも言うような態度を取っている女性もいる。側からみればそんなに仕事ができない男性社員がやたら偉そうに指示を出してくることもある。そうなってしまわないように、まずは自分という主観的な感覚から少し離れ、自身を客観的に見た立ち居振る舞いをすることで周囲の自分に対する評価は案外簡単に変わる。

人と人とのコミュニケーションは1+1=2といった答えが用意されているわけではなく、正しいことを言っていてもそれが間違いになることもある。「自分は正しいことを言っている」「自分はもっと評価されるべき」という主観的な意見は自身の立場を悪くする場合もあるということを理解し、自分自身に対する他人からの評価を正確に認識することで初めて「徐々に自分を正しく評価してもらえる」ようになっていくのかもしれない。