震災直後にはレイプが多発し、道には死体が転がるというTVでは報道されない事実。

2016年2月5日sakuraの日記

ピンクのリボン

今回は想像を絶する辛い経験をした、すごく優しい僕の友達”友人A”の話。

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優しいのは傷ついた人、強いのは乗り越えた人。

さっきこんな記事を読んだ。読んでてすごく共感した。

もしかしたら、優しい人っていうのは、たくさん傷ついてきた人かもしれない。

感受性も豊かな人で、たくさん傷ついてきた分、自分が「痛い」と思った言葉を人に言わなければ、それだけでも優しい人じゃないですか?

自分が言われて嫌だった・傷ついた言葉は人には言わない。
自分が傷ついた時に、されて嬉しかったこと、本当はこうされたかったということを人にしてあげる。

優しい人になるために私がしているたった1つのこと

この記事を書かれた人は本当に優しい人なんだろうなーと思う。

人は「自分がされて嫌だったこと」を他の人にしないよう気をつけることはできると思うけど、「誰にもされたことがない嫌なこと」には気をつけようとさえ思えないのかもしれない。

人生の中で「あ、これって人にされるとこんなに嫌なんだなぁ」とか思ったことが誰しもあったはずだ。そこで初めて、そういった行動や発言に対して「だから自分は他の人にしないでおこう」と考えるようになる。

ということは、前述の記事にもあるように「”今までどれだけ傷ついて嫌な思いをしてきたか”がその人の優しさに繋がる」ということが言えると思う。

もちろんそれ以外にも色んな要素が重なり合って、後天的に形成されるのが”性格”なんだとは思うけど、少なくとも僕の知っている優しい人は辛い経験をしている人だ。

想像を絶する辛い経験をした”友人A”

僕は大阪生まれ大阪育ちだ。だけど海外留学していたときにたくさんの日本人と友達になった。その中の一人に、東北出身の友達”友人A”がいる。

友人Aは津波で家が全壊した。幼馴染が死んだ。親友の親が死んだ。被災直後の道に死体が転がっている光景を見た。死体から財布を抜き取り、瓦礫から金品を集めに他県からも悪い人間が集まった。避難所の公衆トイレではレイプが多発した。おかしくなる人もたくさんいて不法地帯になった。友人Aはそんな悲惨な状況を目の当たりにした。

友人A自身も津波が来たときに死を覚悟した瞬間があった。地震発生直後、友人Aは家族の安否を確認するため車で自宅に向かっていた。移動中、津波が迫ってきて水に浸かってしまうほどの危機にさらされた。たまたま道が混んでいなかったため、一度水には浸かったもののそのまま津波から逃げ切れた。

一度水に飲みこまれた友達もいた。お母さんと2人で逃げていたその友達は迫ってくる津波に死を覚悟した。そのとき同じように死を悟った友達のお母さんは、「津波が来たら、思いっきり息を吸って水に潜るのよ。それで、その後思いっきりジャンプしたら、運が良ければ助かるかもしれない。」と言った。そして津波に身体が飲み込まれた。その友達はお母さんに言われた通り、お母さんと手を繋ぎながら水に浸かった後に思いっきりジャンプした。するとそこに偶然車が流れてきた。お母さんが手を伸ばし、車に掴まった。そして一緒に流されていくことで2人は奇跡的に助かった。

明日は来ないかもしれない。

テレビのニュースでは伝えられない悲惨な状況。そんな生の声を聞いた僕は愕然とした。僕なんかの人生経験じゃ想像することさえもできない。言葉なんて出てこなかった。

なんて発言すればいいのはも分からないくらい何も分からなかった。それは僕の知る”安全で快適なことが当たり前の現代の日本”とはかけ離れた話だったからだ。この話を聞いたときに初めて僕は、自分がどれだけぬくぬくと育ってきたかを知った。

「明日が来ないかもしれない。」

頭では分かっていても、やっぱりどこか”明日は当たり前のように来るもの”だとも考えている。

被災して辛い経験をした人がたくさんいるのは知ってた。だけどやっぱりそれは他人事で、本当に大変だな…。くらいにしか思うことができなかった。だけど実際に被災した人を目の前にすると、ワケが分からないような話の連続だった。

世の中には”優しくない”とかじゃなくて”ただのクズ”もいる。

友人Aはこの話をあまり人にすることはない。言うまでもないが悲惨な過去を思い出すからだ。そんな中、海外留学中に数人にこの話をする機会があった。その中の一人に“意識高い系ウェーイ男子大学生”がいた。そいつはこう言ったそうだ。

「もっとその話詳しく聞かせてよ。俺ボランティア行ったことにして就活でその話するからさ。(笑)」

僕は友人Aの口からこいつのこの発言を聞いたとき、悔しい気持ちで胸がいっぱいになって泣きそうになった。友人Aはこのクズ学生にそうやって言われたとき、どんなに惨めな気持ちになったことだろう…。人の気持ちを想えない人間は、もはや”優しくない”とかの単純な話じゃない。その鈍感さ、利己主義な発言は”攻撃”であり、時として無意識的に他人を傷つけることもあるということを自覚しなければいけない。とにかく本当にこいつはクズだ。就職氷河の中で氷漬けになって1億年後くらいに「絶滅したはずのクズが発見されました!」とか言われればいい。

友人Aのその後

友人Aは、そんな壮絶な経験をした人だと忘れさせられるほど優しくて明るい素敵な人だ。今は冗談を言ったりしながら笑って生活している。だけど、ふとした瞬間に「やっぱりすごく優しい人だな。」と思わせられることがあり、同時に「強い人だな」とも思わされる。物事に対するひたむきさ、行動に移そうとする前向きな意思。それは「今日が最後になるかもしれない」と実際に”体感”したことがある人だけが持つ強さなのかもしれない。

もちろんそれだけがその人の優しさを決めるワケじゃない。たまたま僕の知る優しい人が辛い経験をしているだけかもしれない。だけど、傷ついた人や辛い経験をした人は、それだけ他の人の痛みも理解することができる優しい人だということには全く同感だ。

たくさん傷ついてきた分、自分が「痛い」と思った言葉を人に言わなければ、それだけでも優しい人じゃないですか?

優しい人になるために私がしているたった1つのこと

そんなことを僕はずっと考えていたから、今回紹介させてもらった記事にはすごく共感した。

ということで勝手に引用させていただきましたが、記事を書いてくれた橘右近さん(@UconT_Y)、改めて僕にこの記事を書く機会を与えていただきありがとうございましたm(_ _)m